男たちと母親たちと女たち

たまに思い返しては腹が立つ言葉というのがある。たとえば、智己くん(仮名)が私に言った「満たされれば性欲も落ち着くよ」というものがそれだ。


正確な言い回しは忘れてしまったが、智己くんは当時遊び呆けていた私をつかまえて、「愛情を知れば、君も落ち着く」みたいなことを言ったのだった。

今でも思い出す度に腹が立つ、とまでは言わないが、思い出す度にげんなりする。
性に奔放なのは本当の愛を知らないからだ、か。男も、そして女も、女のセックスというものは愛情と不可分のものだとなぜか思っている。
男は、「性欲」そのものをただそれだけで持つと思われているのに……。


智己くんは、ジェンダーレスな整った顔立ちで、都内の有名私立大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに勤務していた。当時は、まだ20代半ばだったけれど、私が会っていた男の誰よりも金払いがよかった。
きっと女性からは引く手数多だったろうに、なぜか私への執着を伺わせた。

智己くんは、雪の深い地域でシングルマザーのお母さんに育てられた。
彼の母親は、薄暗いアパートに毎日違う男を連れ込んでいた。そして、肩紐の伸びきったキャミソールで、薄い布団にくるまって眠るのだ。そうこうするうち、智己くんの妹を身ごもるも、”父親”に反対されたのか、これ以上の負担には耐えられないと思ったのか、その子供を堕ろしてしまう……。

年上の女でないと駄目だという彼が、女に母親を重ねているのはあまりにも明白なことだった。
とりわけ奔放だった私は、(そしてまさに当時の母親の年齢だったという私は)男をとっかえひっかえしていた母親と重なったのだろう。
私を「改心」させられれば、母親を救えなかった幼い頃の自分を慰められるとでも思ったのだろうか


なぜ男たちは母親と同じような問題を抱えた女と一緒になってしまうのだろう。

片付けができない母親のせいで、一時身を寄せた家はゴミ屋敷だったというのに、総一郎くん(仮名)は片付けができない女とばかり付き合っている。(私は「うちに来れば片付けなんてしなくていいのに」という言葉を飲み込む。)


そういえば私の男も家事のできない母親と同じように、生活能力のない私を選んでしまった。
育児放棄と言えるような環境で、幼い頃から炊事を強いられてきたのだから、今度は料理をしてくれる女を選んでも良さそうなものなのに。

かわいそうな男たち。